国際エネルギー機関事務局長 田中伸男氏インタビュー
エネルギー産業はこの一年半の間に2つの重大な問題に直面した。第一に、気候変動によりCO2に関する政策が一層厳しさを増し、CO2排出企業に対する風当たりが強くなったこと。第二に、中国とインドにおけるエネルギー需要により石油価格が高騰し、石油供給への不安が増大したことである。
「世界のCO2排出量を2050年までに50パーセント削減するためには45兆ドルの追加投資が必要」

石油は世界のエネルギー消費の35パーセントを占め、世界の電力供給の40パーセントは石炭発電により賄っている。この数値は少なくとも今後20年間は大きく変化しないとみられ、よりクリーンで持続可能な未来を築く画期的な技術への需要は一層高まってゆくことは間違いない。
パリに本部を置く国際エネルギー機関(International Energy Agency: 以下IEA)は、石油輸出禁止措置を受けて加盟国の安全保障およびエネルギー政策協調を目的に1974年に設立された。IEAは時代とともに変化し、現在では3E(エネルギー安全保障、経済成長、環境保全)に基づきバランスのとれたエネルギー政策を打ち出している。 IEAが隔年で発表するエネルギー技術展望(ETP)2008年版によれば、現状維持のベースライン・シナリオでは2050年までに石油需要が70パーセント増加し、CO2排出量は130パーセント増加すると予測されている。
国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によれば、CO2排出量がこれだけの規模で増加すれば、地球の平均気温は6℃もしくはそれ以上上昇するという。その結果、生活のあらゆる側面が著しく変化し、自然環境が不可逆的に変化するおそれもある。
IEA事務局長の田中伸男氏にとって、CO2削減とエネルギー需要増加という2つの課題をむしろチャンスと捉えているようだ。「私たちの分析によれば、世界のCO2排出量を2050年までに50パーセント削減するには今から2050年までに45兆ドルの追加投資が必要です。この額は概算で同期間にわたる世界の年平均GDPの1.1パーセントに匹敵します。これは新たなビジネスチャンスだと思うのですが。」
同年、日本で開催された主要8カ国(G8)財務大臣会合では民間・公的金融機関の関与を強化するための気候変動に関するアクションプランに合意が得られた。これを受けて日本、米国、英国は気候投資基金を設立し、その額は現在120億ドル相当となっている。この基金は発展途上国における温室効果ガス排出抑制を支援するために設立された。
CO2排出量を50パーセント削減するには炭素回収・貯留技術が不可欠
田中氏は、「私たちの発行するエネルギー技術展望は、エネルギー関連のCO2排出の現状と必要な対策の橋渡しをするという位置づけです。ここで述べられているのは、G8が我々に求めた技術的な解決法に関する我々の回答の一つです。」と説明する。
「IEAはエネルギー効率化対策として25項目からなる具体的な勧告を提示しました。今や最も重要なステップはいかに実現させるのかだと思います。実施する政府の強い意志が必要なのは言うまでもありません。
また、新技術、再生可能エネルギー、炭素回収・貯留技術(CCS)、原子力利用が可能な国においては原子力利用、輸送部門への投資も必要です。これらに投資すれば気候変動とエネルギー安全保障の2つの課題に対応が可能です。」
IEAのメッセージは、早急にエネルギー効率化を実施する必要性を訴える。エンドユーザーにおける効率化でCO2排出量が40パーセント削減できる可能性もある。再生可能エネルギーや原子力エネルギー、CCSの利用を拡大して発電部門の脱炭素化を図るのもCO2排出量削減への重要なステップに位置づけられる。
「それでも、2050年までにCO2排出量を50パーセント削減するには本当の意味でのエネルギーに関して技術革命が必要です。第二世代バイオ燃料の利用、あるいは電気自動車や水素燃料電池自動車を大幅に導入して、電力部門および輸送部門を実質的に脱炭素化する必要もあるでしょう。水素は炭素を使用せずに電力で生成できるがコストが非常に高くなる可能性がある。輸送部門を実質的に脱炭素化するにはCO2 1トン当たり200ドルのコストがかかるとみられています。エネルギー革命に45兆ドルもの巨額な投資が必要なのはこのためですね。」田中氏は指摘する。 CO2排出量削減に必要な解決策として政府による実施は重要だが、ビジネスの役割もまた重要だ。「45兆ドルの大部分は民間、ひいては顧客が出資すべきだが、ビジネスの世界には安定性と透明性のある優れた政策的枠組みが必要で、これは政府が打ち出すべきものだ。」
CCSの開発は気候変動問題に関わる者の取り組み姿勢を試すリトマス試験紙

エネルギー全体の大半を化石燃料が占めることから、IEAでは炭素回収・貯留技術(CCS)の開発が必須と位置づけている。「中国やインドなどの国々は目覚ましい発展を遂げています。こうした国々が石炭火力発電所の利用を拡大しつつ排出量を削減するには炭素回収・貯留技術の開発は欠かせないですね」
2050年までにCO2排出量を50パーセント削減するには炭素回収・貯留技術が不可欠だ。G8サミット会合ではCO2排出量を必要なレベルまで削減できると明言したが、これには明確な焦点が必要であり、その焦点とは中国でCCSを実現することだ。CCSの開発は気候変動問題に関わる者の取り組み姿勢を試すリトマス試験紙なんです。」と田中氏は警告する。
田中氏はノルウェー、モングスタッドのCCS試験プラントを良く知っており、CCS計画の技術的な複雑さ故にノルウェー産業界の重鎮や政治家がこれを「月面着陸」と評していることも承知していた。
「CCS技術についてはできるだけ早く本格的な実証プラントで試験しなければならないでしょう。エネルギー技術展望2008では、電力部門の脱炭素化を達成するには、何よりも先ず2010年から2050年にかけて年平均35箇所の石炭火力発電所と20箇所のガス火力発電所に1箇所当たり15億USドルのコストをかけてCCS技術を実装する必要があると結論づけました。コスト、規制の枠組み、信頼性などの要素をすべて解決しない限り大規模な投資はありえない。」

CO2排出量を50パーセント削減するという目標は達成可能であり、田中氏にとってこれは「多大な努力を傾注すべきものであり、ただちに政策を打ち出し、かつてない規模で技術的転換を図る必要があるもの」だとする。
エネルギーインフラに巨費を投じ、これまでよりはるかに多くの研究開発を実施し、エネルギー効率に多大な努力を傾注しなければ、「CO2排出量の50パーセント削減など現実味のないSF、絵空事にすぎない」と語気を強めた。 (記事終)
国際エネルギー機関
国際エネルギー機関 (IEA:International Energy Agency)は27の加盟国が、その国民に信頼できる、安価でクリーンなエネルギーを提供する為の諮問機関。当初1973-74年の第1次石油危機を契機にアメリカのキッシンジャー米国務長官の提唱のもと、加盟国の石油供給危機回避―安定したエネルギー需給構造を確立すること―を目的に設立された。しかしエネルギー市場の変化に伴いその役割も変化した。現在は「スリーE:バランスの取れたエネルギー政策立案、エネルギー安全保障、経済発展と環境保護」を掲げている。現在の焦点は、気候変動に関する政策と市場改革、代替エネルギー技術開発におけるコラボレーションと加盟外国々へのアウトリーチ―特にエネルギー大国である中国、インド、ロシアそしてOPEC加盟国―である。


